今月のInterface(2011.11)はいい内容だ
(ちなみに以下はどうでも良い雑言である)
内容自体は、必要に応じて読んでもらうとして(別に私の記事は何も載ってないがw)、とにかくいい内容であった。
全て個人的に感じるものなのだが…ホントにね、Androidを「OS」と言い切る人を見るたびにやるせなさを感じる昨今であったが、今の状態ではあの記事に載っている内容が妥当だと思う――とは言っても、Androidは単なるアプリケーション・フレームワークだと思うのだがね。いくらシステム全体を指すとしても、あれを含めてOSと言うのはまだちょっと違う気がする。だってねぇ、例えば何かしらのインタプリタを搭載したシステムがあったとして、そのインタプリタを含めて「OS」とは言わないかと(分からない人はそう呼ぶかも知れないが)。
それから、「iPhoneと同じもの」または「iPhoneより優れたもの」を作れるかどうか? という話は、もうね、それ系の客先に行くたびに言われる言葉である。そして言われるたびに内心がっかりしますわ。なぜかと言えば、それを行うのは(つまり、できるかどうかなのは)あくまでも顧客つまりエンジニアとかデザイナであって、我々は単にツールやパーツを売るに過ぎない…SIもやるけれども、それはまた話が異なる。
こういうことを言う方々は、最初から購入意思がないことが分かっているから、こっちもこう返答したりする「ええ、やろうと思えばできますよ」。するとこんな風に返ってくるのが常で「やろうと思えば、じゃだめだ。やれなければならないのだ」。で、「そうですね」と軽く流しとく。だってねぇ、先にも書いた通り『やる』のは顧客であって、こっちじゃない。それに私ゃバカ正直なエンジニアなので(あんまり)ウソはつきたくない。
ちなみにiPhone(のGUI)は、凄いとは思うが『もの凄い!』というほどでも無いと思っている。多分一般的にはそう感じているのだろうが、タッチスクリーンをインタフェースとしたGUIを何十、何百と見ていると、時代時代そしてその時の技術進捗にも関わるので断定的には言えないまでも、個人的にはそこまでの凄さは感じない。どちらかと言えば、たまたま良いタイミングで、技術的に実現できたものが、コンシューマレベルで製品投入でき、一般的に見る機会があった、ということである
分かる人には分かるだろうが、どちらかと言えば…これらの製品をコンシューマレベルで一般人が見える所に投入できた会社が凄い。世の中マーケティングなんだな~と思うひとつであった。
とは言え、アイデアの投入と実現は素晴らしい。さすがに長い間研究していた(はず)だけある。日本の各社はそんなにコストをかけ続けない割には、「あれより良いものを!」などと考えることが比較的多いような気がする。まあ、視野が狭いのだね。精神的に村社会とも言えるかも知れない。だから、ワールドワイドで戦おうと思うと、結構簡単に負けちゃうのだろう。元から視野が異なるから…異なることを理解していないから。
そうそう、日本の会社で結構あることだが、大体ちまちまと研究していることがちょっと日の目を見ないままだと、すぐコスト削減とかプロジェクト凍結しちゃうんだよな。いやそれは経営として間違ってはいないのだろうけど、本当の意味で会社の舵取りをする人が不在なのが痛いところだ。
しかし思い起こすと、ちまちまと研究していたことがやっと日の目を見たらヒットしたとか、お蔭で会社が立ち直ったとか、そういうことを目や耳にしませんかね? やるならやり続け、やめるなら納得する説明が必要。金がない? それじゃあそのプロジェクトを発足した側の判断ミスでしかないのですよ、残念ながら。
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